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第39回 「うつくしい死」

肺に睡蓮が生えるという、世にも「鬱(うつ)くしい」病を創造した作家がいる。

1940年代後半から50年代初頭にかけて小説や詩を発表し、39歳の若さで亡くなったフランスの作家ボリス・ヴィアンだ。

ここで一つ注釈をさせていただきたい。

冒頭の「鬱くしい」は、「美しい」の誤字ではない。

「鬱くしい」とは、創作系のSNSサイトなどで生み出された造語である。

言葉の由来は「『美しい』ものと『鬱』な雰囲気の両方を持つこと」である。

特に「美麗な作品の中でも、ダークな要素が強い作品に対して評する造語」であり、「心の闇をよく表現した作品」から「卓越した魅力を持つ暗いテーマの作品」まで評される作品は多岐にわたる。

今回紹介する小説は、私がこの造語が最もふさわしいと考える作品である。

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『うたかたの日々』 ボリス・ヴィアン著

この小説はボリス・ヴィアンの代表作であり、青年コランと奇病に冒されたクロエの哀切で美しい恋愛物語である。

お金持ちで優雅に暮らす青年コランは、美しく繊細なクロエと出会い、やがて2人は結ばれる。

友人たちと楽しい毎日を過ごし、何不自由ない幸福な日々が続くかに思われた。

しかし、クロエがある奇病にかかってしまい、それをきっかけに幸せな2人に不幸の足音が近づいてくる。

クロエを蝕んだのは、肺に巣くった睡蓮の花。

この奇病の治療法は、花に囲まれること。

彼女の奇病の進行を食い止めるためには、部屋中をいつも花で飾らなければいけない。

病んでなお、胸に睡蓮の青い花冠が透けて見え、クロエの美しさは損なわれない。

コランは愛するクロエを助けるために花を買い続け、豊かだった財産もそのために乏しくなっていき、仕事を見つけなければならなくなった。

彼が見つけた仕事は事務所からリストをもらい、リストに載っている人へその人の身内が死んでしまうことをその1日前に知らせる、というものだった。

ある日、彼はそのリストの中に自分の名前を見つけてしまい、最愛のクロエが死ぬことを1日前に知ってしまう…。

序盤の描写は繊細で砂糖菓子のように甘く美しく、それ故に後半以降の陰鬱さや残酷さがよりいっそう際立って感じさせる。

悲惨で哀しくて救いがなく…、そしてそれでもなお美しさを失わない。

これほどまでに「鬱くしい」という表現が似合う作品が他にあるだろうか。

後味がいい作品では決してないが、「鬱くしい」という造語が内包するものに惹かれる人は、是非一度読んでみてほしい。

最後に。

小説を読むことが苦手な方もいると思う。

この作品は『クロエ』という邦画にもなっているので、そちらを見てみるのもいいかもしれない。

映像の美しい作品である。